34歳女 部屋の不要物を処分 新しい生活に

私は30代女性です。現在は会社員をしています。
数年かけて少しずつ、溜めるに溜め込んだ不用品を処分しました。学生時代の延長のような、どことなく停滞した空気が漂う部屋に嫌気がさしたからです。
まず、大学時代の教科書と学術書を全部処分しました。風景の一部と化していたため、そのままにしておくことに何の疑問も感じていませんでした。また、捨てると学生時代の実績をそのまま捨ててしまうのではないかという不安と、高かった学術書を捨てるともったいないのではという不安があったため、処分できなかったのです。しかし、卒業してから一度もその本を開いたことはありませんでした。ただ、埃を被ってそこにあるだけでした。リサイクルボックスに全部持っていき、キャビネットを空にしたときは本当にすっきりし、憑き物が取れたような気分になったのを覚えています。キャビネットも不要になり、部屋が広くなりました。
次に、押入れには高校時代の分厚いスクラップ帳や、当時の宝物を入れた箱を処分しました。大してスペースをとらないと判断し、未練がましく残していましたが、ある日もう残しておかなくてもいいかなと考え、全部ゴミに出しました。今までなぜ捨てなかったのだろうと不思議に思います。
最後に、もう読まない本を処分しました。大して思い入れのない本、学生時代に読んでいた本です。いずれもカバーを外してよれよれになったり、読まないため埃を被っていたりしました。本を捨てるということは、かつて好きだったジャンルの本との決別を意味するものかもしれません。捨てた本の中に、ある文豪の本もありました。作風や考え方が好きで、その文豪の本ばかり読み漁っていた時期がありましたが、ある程度年齢を重ね、自分の価値観が変わると、その文豪の作品を良いと思わなくなったのです。本を捨てると、本棚にはスペースができ、新たに興味を持ったジャンルの本が並ぶようになりました。本は持ち主の頭の中を表すとよく言われますが、もう読まない本が本棚にあると、新しい情報が自分に届かなくなると思います。
物を処分することは、過去の自分にある程度別れを告げ、この先の人生に向かうという決意表明のようなものです。数多くの思い出を取っておいても、自分の今後の人生に影響を与えることはほぼありません。むしろ、思い出の品が多ければ多いほど、思い出の中に立ち止まってしまうのではないかと思っています。